母の涙か女の意地か
私が七歳のころだった、今は亡き母は、七つ違いの兄と私の手を引っ張って親父のもとから逃げだした。
後(のち)に私たち親子三人の生活のため母は駄菓子屋を始めた。でもいくらにもならなかったようだ。
そんな中「お正月になったら使うんやで」と革の手袋をプレゼントしてくれた。お正月の三日が私の誕生日だ。
私は嬉しさのあまり母との約束を破ってしまった。挙げ句のはて貧しい世帯の中、無理して買ってくれた手袋の片方を無くしてしまったんです。
母は怒った「まだお正月も来ないのに無くすやなんて」・・・「どんなに苦労して買ったと思てんの」・・・「お前みたいな子、お母ちゃんの子やあらへん!」とすごく怒った。
私は子供ながらに自らの愚かさを詫びて、真っ暗になった大晦日の夜、片方の手だけに手袋をはめ家出してしまった。
とはいっても行く宛ての無い私は、家から少し離れたところ電柱の陰に家出したのである、そこだけ電燈が点いている分、安心できたのかも知れない。
間もなく“ふじを~ふじを~”と私を呼ぶ母の声が聞こえた。夜も更けているのに母の大声に私は恥ずかしさのあまり電柱の横へ歩み出してしまった。
私を見つけた母は無言で私を抱きしめた。骨が折れるほど力いっぱい抱きしめてくれた。
私は叱られるといつも差し出す指がある。お灸用の親指だ。勿論その時も手袋を付けていない親指を差し出した。
母は言った「アホやなこの子は、どこまでアホなんや・・」だけど母は泣いていた。
女手一人で二人の男児を育てることだけに無我夢中で働いた母親、
今年6月には、十三回忌の法要を済ませましたワタシ。その時にようやく気が付きました。
あの夜、私を抱きしめながら流した涙には母親だけじゃない、きっと女の意地がにじんでいたに違いない。
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